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「絃に触れる」

  • 執筆者の写真: naitou
    naitou
  • 5月18日
  • 読了時間: 2分

キャンプ的ごはん。

あまりおなかがすいてなかったから、主食なしで簡単にね。

今、ネルコと一緒に食べていたのですが黒いワンピースで黒い猫をだっこして鏡を見ると、おたがいわけわかんない溶け具合ったらなかったです。


さっき昔の文章を入力していて(紙だけでデータがなかった)、この痛々しさはなんだろー?って思っていたところでした。

たぶん、文字だけだとどこまでも降りていっちゃうんだろうな私。

そのほうがいい時も、それじゃダメな時も、この世は背中合わせであふれている。


宮尾登美子さんの「一絃の琴」を読みかえすたび、どんどんどこか底へと降りてゆく気がします。

それは「序の舞」も、ひとしく。

他の作品は好きなものも苦手なものもあるけれど、当時のインタビューかなにかで宮尾さんがおっしゃっていた「これ書かなきゃ死ぬ」くらいの気持ちのしんの強さに私は何度か突き動かされたことがありました。(その言葉はたぶん「きのね」についてお話しされていた時のものだったか)

全部が、それほどまでの気持ちだったんだろうなって思う。

現実の私はそこまでものごとをつきつめられるのかどうか、って言ったら、それには今は答えないでおく、ただ若い時分に読み込んだ気持ちの強さは自分の中にたびたび息づいてゆく。


学生の頃「序の舞」の実物が見てみたくて、Bunkamuraでの上村松園展まで行きました。

途中で「ああ、そうだな。」と思って、会えた気がして帰ってきました。

はたちそこそこの私には、いっさい届かないわからない、なにか。

それに触れたことだけはわかっていたのでした。







 
 
 

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