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「壁画」

  • 執筆者の写真: naitou
    naitou
  • 6月17日
  • 読了時間: 3分

学生の頃、渋谷のジァンジァンによく行っていました。

地下へと続く階段から坂の上のPARCO方面にまでのびた列に並んで文庫本を読んでいると、上の教会から鐘の音が聴こえてくるのが好きでした。

寒い冬には、その近くにいつも出ていた屋台でベビーカステラを買って友達とわけっこしたりね。

演劇いくつか&戸川純、短歌、朗読、他いろいろ、たくさん学ばせてもらいました。

その流れで吉祥寺のMANDARAにも何回か行ってたような。


その頃、坂のもう少し下にはシードホールがあって、「うわーおしゃれー」と思っていました。

シードホールでは何観てたんだろう、たぶんなにか演劇のフェスっぽい企画の、大人計画とリリパットアーミーだったかと思う。


坂をあがれば渋谷のPARCO。当時はあんまりPARCO劇場には行かなかったのだけど(チケット代に手が届かない学生だったので…)何回かは自分で観に行って、のちに仕事で行くようになった時に、いい感じに見やすくなだらかに作られていていいなあと気づきました。


その頃住んでいた千葉県柏市から渋谷までは、一時間半以上かかるのです。

でもなんかもう本当に、いろいろなものが見たくって、ちゃんと生きていきたくって、遠い街にもどんどんでかけていくようにしていました。


今日、早朝に描いていたこの描きかけの絵の写真は、昔PARCOの横道のところ(今のWWW方面)に、いつも美大生のバイトさんみたいなかたたちが壁画を描いていたのを思い出しての。

そんなに年もかわらないのにかっこいいなーと思って、いつも見上げていましたね。


演劇を続けていた頃、いろんな人によく

「この劇団に携わるようになったきっかけはなんだったんですか」

と不思議そうに訊かれました。

まあそうだよね。そりゃ訊くよね。

そういう時、だいたいいつも

「とあるワークショップで知り合った人が『ぼくらこの前早稲田の学内で旗揚げしたんで稽古とか遊びに来ませんか』って言うから遊びに行ったら、『じゃー、このペンキ一緒に塗ってもらいましょっか』って言われてペンキ塗ってたら、そのまま10年以上たっちゃったんで」

みたいなことをこたえていました。

劇団のカラーにある程度よせた答えかたで、それを聞くとみなさん笑ってくれるのでそうしていたのですが、まあだいたい98%くらいは事実だったなそれ。

でも学内の立て看板や舞台美術のペンキ作業は楽しかったですね実際。そういう手作業もともと好きだったから。


さて今日は、そんなジァンジァン前ベビーカステラをわけあった旧友と映画を観る予定。

かなり暑い日になりそうですね。


言葉というものがこわくなって、何も書けないし発語もろくにできなくなっていた15年前くらいの私が、今この夏空のもと、ちゃんとドアをあけてまた旅に出てゆけるのはもちろん自分だけのちからではなくて。

そんないくつものことごとを、私はせめてひとつふたつかだけでも、この世でひとに贈れたらいい。

 
 
 

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