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「いつのことだか」

  • 執筆者の写真: naitou
    naitou
  • 1 日前
  • 読了時間: 2分

現在の私は携帯電話を持っていない。

と言うと、ここ数年、だいたいの人から「…え?」みたいな返事がかえってくる。

昔の仕事時代を知る人には「その…当時とのギャップが…えっと」と言われることもある。

その仕事時代に、いつでもどこでも他人につかまったり急な難題をふられたりすることばかりでほとほと嫌気がさしたから今はそういうツールは持たないのですよ。ひとりでものをかんがえたりする時間がとれないともう心底くるしいのですよ。

なんて言わずに黙って笑ってたりする私も全然わるいのだけど。


今は、町に公衆電話というものがほとんどない。

以前は、一応、どこにいくつあって、急な連絡が発生したらここから電話すればいいだとか、テレホンカード(盲腸で入院した時に病院で買った残りがまだある)の残額とか、少しは頭に入れておくようにしていた。

でもこの何年かで時代は驚くほど変わったし、携帯電話を所有せずに「限界に挑戦!」なんてふざけて言っていられるのももうあと数年かもしれないなと本当は思っている。


もう何年前なんだろう。

その頃の私、日々の視界にはいつも公衆電話のスタンドがあった。

道をはさんで夜になると光る緑。

その頃の私、何を思っていただろう。

外に出て、あの電話の受話器をとって電話をかけたら、どこに、誰につながるだろう。

それはもういないひとにもつながるのだろうか。

どこに?誰に?


以前にニュースで、震災の後、とある地の電話ボックスから会えないひとに電話をかけるひとを見た。

その頃の私は本当に弱っていたので、すぐしゃくりあげてテレビを消した。

タオルで涙をふきながら、でも、そんな方法もあるのかもとかすかに思いつつ。


ずっと私の日々の視界にあった電話のスタンドは、いつのまにか撤去されてなくなっていた。

今そのあたりにふと目をやると、私と同じ誕生日の子が作った作品が静かに飾られているのが見える。

その落ち着いた景色にちょっとだけほっとして、

この世の、よくわかったほうがいいことまたはよくわからないほうがいいこと、について心底だいじなふうに考えることがある。

 
 
 

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