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「カノン」

  • 執筆者の写真: naitou
    naitou
  • 2 日前
  • 読了時間: 2分

楽器の練習をしていたら、ふいにかすめてゆく記憶があったので、それは今はもう書いてもいいだろうか。


以前の私の話をします。

なにか悲しいことの多いコンタクトをとってくるひとがいた。

ひとりではなく、いろんな立場で、なんにんも。何回も。何年も。

電話で。メールで。まばたきで。掲示板で。あらゆる手段で。

私はそれらにまったくといっていいほど、ほとんど返事をしなかった。

何度も、「ごめん。」と思った。

私は、たぶん、あなたが思っているほどつよいひとではないの。今もしこの手をとったら、一緒に転覆してしまいそうなほど強く疲弊していて、そこから立ち戻れるほどの力ももう残っていないかもしれないの。

返事をしないことで何度もかき消えてゆく、いくつもの場面。記憶。もしかしたら命。

いつしかその通信が途絶えたことに少しだけ安堵して、でもさらに疲弊していった当時の自分。


そのひとらにとって、私という存在はなんだったんだろう。

同じ痛みをわかってもらえそうなひと、ということの向こうに

いまだ同じ痛みになすすべもなく立ち尽くしている私がいました。

のばされたその手は、私が、私からつき離したのかもしれないという自責も、思い出すと体のどこかが痛くなってくる感覚も、自分の疲弊といっせいに混ざってゆく過程は最悪なものでした。


先日、パッヘルバルのカノンを弾いていた時にその旋律の向こうにふと、ものすごく優しい気持ちで、

 あのこ、名前なんだったっけ

って思ったら、なんだかもう涙が止まらなくなっていました。

あの時。私は、あのこの手を、離したな。少なくとも向こうはそう思っただろうな。つらかったろうな。

今どっちも壊れてしまったら本当におしまいだ、私は私でがんばるから、きみはきみで元気でいて。

伝わりにくかったであろうそれは、今でも言い訳に過ぎないのかもしれないけど、本心にできるだけ近い思いでもあるんだろう。

そんなに強くなくてごめん、って思って、でもそう謝る気持ち自体にもだんだんぐったりしていて。


今はもうこの世では会えない人も多い中で。

カノンを弾きながら、

 あのこ、元気でいてくれたらいいな。せめて、今は。どこかで。

そう思うことで、なにか少しでも、優しくはやくこの空へとたちのぼってゆけたらいい。

祈るだけの私が弾き続ける音楽とは。つむぐ言葉とは。

それは私に課せられた科なのかもしれないし、ううん、一生続く祈りなのかもしれません。


空へと。

ハレルヤ。

私から今は手を、さしだすためにも。










 
 
 

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