「トンガリキッズ」
- naitou

- 10 時間前
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ネルが鳴くので起こされた早朝。外はよく晴れている。
体が疲れていたので、散歩に出たら夜まで持たないなと思って、ベランダで作業and軽めの朝ごはんです。
ゴールデンウィークのせいか、ベランダから見えるのはほとんど人も車も通らない景色でとても気が楽。空気が澄んでいる。
もう少し、ベランダで居心地がいいようにいろいろ改造してみようかしら。
ずいぶん前、学生劇団の頃の話だけど、先輩にあたる世代の劇団のかたたちと一緒にいくつかの企画公演をやった時に、そちらの看板女優のかたが自分のアパートのベランダだったか大家さんちの屋根だかで、テーブルを出してお茶をしているコミカルな劇中映像があったのを覚えている。
優雅なんだけど、それ、ベランダっつーか民家の屋根だよ!っていう。
うちあげの席で「あの映像おもしろかったですー」って言ったら、「あれさ、全部自分でやったんだよ。ビデオデッキで、せーの!って。ガシャ!って、何回もダビング繰り返してさ」そう聞いてちょっとびっくりしたのでした。
当時は、劇中映像を自分で作れるような子は、世代的にもその学内の演劇の子たちの中で何人かは目立ち始めていた頃だったと思います。
そういう人を探したり頼んだり、いくらでもできそうな感じの劇団や女優さんなのに、それ全部自分でやったんだ?って思って。
うん、でも、やってみたかったんだろうな。全部自分の感覚で。そういう強さがにじみ出て見えました。
私はそのかたとそんなに距離は近くはなかったけど、それからも驚かされることが何度もあって、そのたびに、えーまじかー!って思ったりしたもんでした。
昨日は、デイドリームビリーバー聴いていました。
清志郎のほうで。昨日、お命日だったしね。
この話はここでももう何度もしていると思うけど、また書きます。
私の仕事時代の携帯の着信メロディは、ずっと、「デイドリームビリーバー」と、GOMES THE HITMANの「サテライト」でした。
仕事メインの着信と、仕事がらみでもプライベートも話せる友人たちと、わけて使っていました。
だから、全然関係ないはずのそのふたつの曲はずっと、私の中でだけ対になっていて、今でもそれが鳴るといっぺんにいろんなことがよみがえるのでした。いいこともわるいことも、夢の中のきれいな灯のようにして。
その頃はもう、電話が鳴るたびに、良くも悪くもどきりとしていたから(たぶん電話が極端に苦手になっていたのかもね?)前奏を聴いてる間に気持ちを整えてなにを話されてもいいようにして、歌声が始まったら心を緩めて「よーし!」と思って電話に出る、みたいなことだったと思う。
朝の風に揺れる木立を見ていたら、そんなことを思い出しました。
私は私だから、何度生まれかわっても自分のペースでしか生きてゆけないのかも。
でも、ひとびとがいる以上、その最低限のルールは踏まえた上での、自分のペースってことをわかっていたほうがいい。
それは、高校吹奏楽部のミーティングの時に顧問のコンダクターの先生が言っていたことで、私は幾つになっても、それを考えているんだろう。
だんだん、基準音がB♭なだけではなくて、Cもちゃんと思い出せてきた自分、全然遅い、遅すぎるかも、でもいい。それでいいの。



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