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「会津若松」

  • 執筆者の写真: naitou
    naitou
  • 7 日前
  • 読了時間: 3分

今日は早起きでいろいろこなしていたので、もう、おねむです。

ふわふわふわ〜…


あまり夢はみないほうなんだけど、最近体が疲れているのか、浅い眠りの短い夢をよく見ます。

すぐ忘れちゃうんだけどね!

子供の頃、本で読んだ夢師の女の子に憧れて、でも私ってばほんと普通すぎてそんな夢見たことないけえやっぱ普通なんじゃんダメね、なんていつも思ってました。

その頃、うーん、10歳にはなってなかったかな、無理やり見た不思議な夢っぽいものはふたつ。

それもね。物語に憧れてだいぶ無理した私の無意識ががんばってつくってくれた的な不思議さでね。

ひとつ目の少年と仲良くなって、彼が住む「忘れ谷」を一緒に駆け回る夢。

龍に乗った私が、なにかと対峙する夢。

それはなんで設定や景色を覚えているかって、目が覚めてから絵や文章に書いたから。ああ、だからその後付けのイメージが強く残ってしまったのかもしれないですね。


その頃から中学卒業くらいまでに、何度か見たのは、

「ここに行けばなにもかもが楽になってやすらげる場所」に行く夢でした。

それは湧水のある鍾乳洞っぽかったり、泉のある夜の森だったりして、毎回微妙に違うんだけど、いつも途中で、ああ、なんだ、ここだったのね。また来れたね。って思って夢の中でほっとする私。

現実では、転校のくりかえしと思春期で、なにか落ち着かない気持ちだったのかも。

あれ、場所はどこなんだろう。って何度か考えたのです。

夢の中でも授業中にも。

でも少し考えて、なんとなく

「あ、そっか。あれ、会津だったわ」なんて自分なりに気づいてからは、夢で見るたびに「ああ、これね。会津若松の夢ね」って思っていました。

よくよく考えてみれば、会津若松にそんなに似た場所はたぶんなかったんだけど(五色沼?猪苗代?とも思ったけど、詳細は全然違うかな)、会津は父の実家で、幼い頃から毎年夏に出かけてゆく場所でした。

お盆には、いとこも親戚もたくさんいて、おばあちゃんちでみんなで遊んで夜は宴会だった。楽しかった。

だいたい毎年、白虎隊の墓とさざえ堂と、野口英世の家や鶴ヶ城を飽きもせずめぐってくだけですけど。

冬に行ってみたいとせがむ私に、父は雪ばっかりだからむずかしいかなといつもこたえました。


それは。

ここに行けば楽になる場所。という意味では、夢で訪れる場所となにかが一致したのでしょう。

会津には、祖母のお葬式以来、行っていません。

あの家は、山奥にみんなでバスで行く家のお墓は、まだあるのか、どこにあるかもわかりません。

でも、いつか行こうと思っています。今の私で。


さて。少しセンチな文章の書きぐせがある私です。

二十代の頃、親友のキシさんに言われて気づきました。

なので、わかりにくいかもだけど今はなんとなくでもこの感覚が伝わったら嬉しいな、って思っています。

私、あのひとにきらわれちゃったのかな?って、ひとに思うことが最近あって、

でもそれだって、子供の頃から何度も誰かに思ってきたことなのです。

私はもう夢では、あの泉がある夜の森、会津に行けることはないかもしれません。

この気持ちはどこまで駆けって行けるのでしょう。

それでも私は、たとえ会津若松ではなくても、その場所をきっとどこかでわかっている。

きっとずっと、知っている。









 
 
 

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