「パトカー」
- naitou

- 3 日前
- 読了時間: 3分

昔、20代なかばくらいのことです。
とある情報誌の演劇欄ご担当のかたに
「稽古を見に行きたい」と言われて稽古場にご案内したことがあります。
と言っても、当時は区の施設・会議室での稽古なんだけど!
(タイトルの「パトカー」とは、その時公共施設で使っていた団体名です。まるで意味なし。)
劇団事務所があった区内の公共施設あちこちを使っていて、まだ固定の稽古場をそれなりの期間おさえるという発想も現実感も全然なかった時代。
その日は特に何の公演のための稽古というわけではありませんでした。
たくさんにこにこしていたから楽しんでもらえたかな?って思って、帰りがけに(いや、そのあと早稲田駅あたりまで降りていって飲みに行ったんだったかなたぶん)
「こんな感じなんですよ、だいたいいつも」と話しかけると
「ああ、けっこうちゃんと練習してるんだなー!って、びっくりしました」
と言われて、それはそれで思わずずっこけて、みんなで笑っちゃったりして。
えっと、それはもっとゆるゆるに作っているように見える作風だったのかな…?とか、
「はい行きまーす、せーの、パン!」で急に一場面できちゃうんでしょ、くらいの感覚で思われてたのかしら…?とか、
あとで何度かその言葉について自分なりに考えたのだけど
今は、きっとそれは彼のすごく素直な気持ちから出た言葉だったんだと思う。
ああ、こうやって作ってるんだな、って。
その人は劇団の成長期をずっと観てくれていたし、情報誌の人という少し離れた立場からもう本当にたくさんの演劇の人々のそばに長年いたと思う。その目線は、中にいる人にはわからなくなっているものをあっさりつかまえていたし、またもちろんその人だけではなくて、いろんな媒体に関わる方みなさんが各々持っている眼だった。
今でも会うことがある演劇関係者にその話をすると、みんな決まって大笑いする。
「えーなにそれ」「するよ稽古」
そんなふうに思い出す景色や言葉はずっと、誰かのどこかで生きている。
まだ学内やその周辺で公演をしていた頃は、半分が学生だったし、芝居を続けていくのかどうかも人によって意見が違っていて、それをはっきりうちだす人と無言で発している人とでいろいろだった。
劇団としては、まもなく下北沢の劇場に進出するのを視野に入れていた。
私は、どうやったらその情報誌に載せてもらえるんだろう、チケットの一覧とかじゃなくって、文章での紹介記事+写真のページに。ってずっと思っていた。一応、もう宣伝材料の写真は撮るようにしていたけど、やっぱり経験も発想もまだまだだったから。
でもある時、親しくしてくれていた少し年上の先輩劇団のかたが、ふと言った。
「そんなん、内藤ちゃんが編集部に行って話して来ればそれでいいんや」
あ、そっか。なんだそういうことか。さすがです。ありがとうございます。
と思って、さっそく電話して出かけていった私だったんでした。
現在の私はもうほとんどテレビなど観ないけど、その時そう言ってくれた俳優さんを何かの媒体でお見かけするといつも「さすがです…」と思ってしまいます。
昔、私がよその公演の手伝いに入っている時に劇場ですれ違うと
「あんたえらいな。ちゃんと、いろんなとこに居てな」
と必ず何かひとこと声をかけてくれたり。
〈あのひとは、私のこと少し気にかけてくれているんだな〉って、当時からけっこうたくさんの人が感じていただろうし、それは今はもっと強い気持ちなんだろうなって思います。
。。。。。。
最近のノートより。
写真は、麦わら帽子をかぶってすやすやしてる今朝の子。



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