top of page

「リンク」

  • 執筆者の写真: naitou
    naitou
  • 7月23日
  • 読了時間: 2分

自分が持っている本を手に取るとまず、これはどういう時にどこで買ってこんな気持ちでいて…と、外の天気やその書店の本棚の全体的な空気感も併せて、その本を買うに至る実際の景色が次々と思い出されます。

それってとても大事。

全部ひっくるめての「自分で本を買う」という行動だから。

さすがに昔のことすぎてもう景色があまりわからなくなっちゃっているのもいくつかはあるのだけど。


その不明感いっぱいの景色のひとつに『不連続体』という本があります。

おそらくどこかの古書店で学生の頃に買ったごく薄いペン画集。言葉はゼロ。しみだらけだし。不思議な絵柄。

その頃の私は少しは絵を描いていた時期で、美術館にもよく行った。

でも自分ではたいして描けるものはなくて、当時の文章と同じく出口がないまま、若い私はやみくもに暮らしていたかもしれない。

『不連続体』は無言なのに無言じゃなかったから、サイズを変えて絵をコピーして自分で便箋を作って、それでよく友達に手紙書いたりしてた(勝手にすみません…)。吹き出しつけちゃったりして、私の友人たちには大人気だったな。


あとその頃、どこの古本屋さんでもだいたい見かけた本は『結ぼれ』。

私のは、たぶん実家の書庫にまだあると思う。

詩的なのと演劇的なのと両方だな、あと文字の組み方とかもな。なんて思いながらめくっていることが多かったな。


私の家はわりと厳しいルールが多い方だったのかもしれないけど、小学生の時は毎月一冊本屋さんで自分が好きな本を買ってもらえることになっていて、それがすごく嬉しかったし今の自分にずっとちゃんと響いていると思う。

そして自分の来し方あちこち、これは取手のイトーヨーカドー入り口の書店で、広島そごうの広い書店で、鎌倉小町通にあった地元の書店で、などなど子供の頃のあらゆる景色と記憶が自分の持っている本それぞれの物語に内在して、だんだん私だけの本になっていったんだと思う。

すべて。






 
 
 

コメント


© 2020-2026 ©naitourieko ねこかげ

bottom of page