「プレリュード」


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2026年2月23日 展示『natural tone tour』〜start dash/kashiwa〜
〈詩と音楽のイベント kenkashi tonetour 〉の、あとで。
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演奏が終わって、挨拶をして、お客様たちがくちぐちに話したり笑ったりしている時。
私はまだ少し迷っていた。
楽器を片付けるふりをしながら、プロジェクターの映像を切り替える操作をして、そっとスタートボタンを押した。
色とりどりの展示物のあいま、スクリーンに流れてゆく私の文字。ご来場のみなさんへの。
それはずいぶん説明文っぽかった。話に夢中で誰も読んでいなかったけど。
そして問題の映像が始まる直前で、心を決めた私は手を挙げて大きな声を出した。
えっと、このイベントとはまた別ものなんですけどー、今から映像流します!みんなで見たかったから!
映像がフェードインして最初の音が鳴った瞬間、おしゃべりしていたお客様全員がすぐスクリーンを振り向いた。
ひとつ下のクラリネットの子が
え、なにこれ!
びくっとして言った。
それは、私の代、19期最後の定期演奏会の舞台映像。高校3年の春だった。アンコールの最後の定番曲アフリカンシンフォニー。
その前奏曲はこの年はソロコンで金賞をとった19期の3人のソロで始まるものだった。先生がそれぞれのソロ曲を前奏曲に組み込んでくれていたから。
一番手は、ホルンの井上くんだった。続いて、トロンボーンの吉原くん。ファゴットのみきちゃん。
うわーなにこれ!
やだもー泣くー
椅子の上に立つなっつーの!
先生若い
なんかもう、みんなくちぐちに言ってるのが聞こえた。
プレリュードは、毎年違う。コード進行は似ているけど、先生が毎年つくって書いてきてくれる。
そして、それが終わって正規のアフリカンシンフォニー、もう全員が身に染みて同じ感覚でぞくぞくするボンゴが始まると、完全に胸がきゅっとした。
県立柏高校出身でも吹奏楽部ではなかったひとや、そもそも私個人を応援し続けてくれている方や、出演者のお客様など、いろいろなかたがいらっしゃる場で、過去に限定された自分たちのメモリーを流すことを私はけっこう長いことためらっていた。
だから、よけいな説明をたくさんしたんだと思う。
その映像は、ひとりでは観たくない人も多いのかもしれなくて、みんなで、笑って観るのが今はいちばんだと思った。
最後のくりかえしに入ると、いっせいに木管が立つ。
そのあと、金管が入るところで全員。
柏市民文化会館のステージで、パートによっては椅子の上に立つみんな(たぶん、今はやっちゃダメ)。
まじあぶねー
このハイトーン誰だよ
揺れて吹きすぎ
まわるライト。なんかもう、全力な10代の私たち。ひとつの曲。
それは、とても大切な一瞬だったのかもしれない。
先生とみんなが、全力で振り切った後、
やまずに響き続ける客席からの大きな拍手そしてブラボー!の声。
誰かがその映像をスマホで撮っていた。
ありがとう。さよなら。ありがと。
私は息を吐いて映像のスイッチを切った。
その映像は、展示会場に持ってきていた私のPCに入っていた。
これを流そうと最初から思っていたわけじゃない。
前日に、イベントで使う映像をいろいろいじっているうちに、
あれ、こっちにうちらのアフシンのデータ入ってる…?
ってふと気づいたんでした。
定期演奏会のDVDそのものは、下の代の子がたくさん焼いて配ってくれていたそうで私にも数年前にまわってきたものだった。そこから読み込んだアンコール部分。
私はこの2月の企画を決めた時に、最初はこのプレリュードとアフシンをふくだくんとみえさんと私の3人で演奏できたらと考えていた。それで自分たちの演奏用にプレリュードの音を譜面にとりたくて、自分のPCに入れといた方が作業しやすいかなって思ってたんだろう。
でも、イベントの最後の練習の頃、当日のプログラムから私はアフシンをはずすことにした。
それは、やっぱり、やっちゃいけない気がしたんだと思う。
少なくともその時の私の実力や気持ちや現実では、まだ、それは無理だと思った。
実際に定期演奏会の映像を見つけてから、アフシン部分だけきりとって、夜中にちょこちょこと自分の字幕をつけて編集した。
イベント当日。私は、出演者のふくだくんとみえさんに、ためらいがちに聞いてみた。
これ、終わってから流そうかどうか迷ってるんだけど…
ふたりに見せた。
えーいいんじゃない?
それ迷わなくていーよ別に。
それは確かに青春ではあるのだけど、この自分の展示と勝手にリンクさせてしまっていいのかを私はあれこれ考えすぎてわからなくなっていたのかもしれない。
でも、まあまあ幼い頃からおたがいを知っていて、なおかつすぐひねて閉じこもりがちな思春期の私をそれなりにわかっていたであろうふたりは、けっこうあっさりと「それ今やっといたほうがいいだろ」と私の背を押してくれた。
そして、私と演劇人生を数年間だいじに重ねてくれていたユリコさんも。
私はある時期から、部活のみんなとはまっく連絡をとらなくなっていた。家も出て、演劇人生まっただなかで、いっさい自分にゆとりがなかった。
そんな30代の頃、仕事場に届いたのは、一枚の間違いFAX。それをなんとなくたどったら、みえさんが偶然発信していたということからまた現在へとつながってゆく人々や記憶。
これは、私の詩画集『natural tone tour』に収録されている「アフシン」という詩と絵にまつわる景色のひとつです。
ありがとうございました。
また近いうちに、おたがい元気でお会いしましょう。



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