<晴れた日の旅>
- naitou

- 7月11日
- 読了時間: 2分

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naitou write
<晴れた日の旅>
2024.3.15
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少し昔の話をする。
2009年初夏、仕事を全部やめて最後の力をふりしぼって、それまでの社会から全力で姿を消した。
そのことについて書くのはまだ今じゃないと思うのでそれは書かないことにする。
当時、何人かから別々に
「死なないでください」というようなことを言われた遠い記憶がある。
ものすごく慎重に比喩を用いて、あるいは直接的に、メールで、手紙で、またはお酒の勢いのふりをした声音で。
本心から気遣ってくれていたひともいれば「それよく言えるよね」と即座に切り返したくなるようなひともいた。
すでに私はもう、ほとんどひとと会わなかったしくちをきかなくなっていた。
そこまで私を苛んだひとびとや状況のことは、あれから10年以上がたった今でも「赦す」または「風化」などの耳ざわりのいい言葉を使うことはまったくない。
その頃、私はだんだんと言葉が出なくなっていった。
本も読めなくなって声も出ないし文章も書けなくなった。
みにくい言葉や怒号がとびかう中に、身をおきすぎたのだと思って、ひとりで絵ばかり描くようになっていった。
言葉のかわりに絵で紡げる物語が自分の中にまだ眠っていたから。
本当ならここで「再生」についての文章をひとは書くのではないか。
じゃあどうやってその状況から脱したのか。そのきっかけは。
そんなものはない。
即効性のあるお祈りみたいなものなんか、この世にはない。
だいじなのは、今現在の私が自分の足でちゃんと「今」に立っていること。
その気が遠くなるような道のりを、物語にかえてちょっとでもつらくなく優しく描いてゆけるかということ。
一度完全になくした「言葉を書く」をもって、今は「絵を描く」までもが自分のそばにあって。
じゃあそれは、私がやっていったらいい。と思っています。
私個人は、ひとに添うひとではないかもしれないけれど、この手を経たものがいつか誰かに響くことができるように、今日も鉛筆をけずって新しいノートをひらく。
そこにはたくさんの季節や自分や誰かがいて、あちこち芽吹いてゆくのを待っている。
よく晴れたこの春の日、旅はかならずどこかに着く。



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