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「雨の色は雨の音」

  • 執筆者の写真: naitou
    naitou
  • 2 日前
  • 読了時間: 3分

雨の音をじっと聞きながら過ごした1日でした。

こんなに雨が降ると思わなかったので、軽装で出かけてきちゃってさあ大変、って感じでした。


自分のね。

B♭は基準音であるのかもしれないけど、それは鍵盤一般では「ド」という名称ではないことで、ずれてゆくもの、さだまらないなにか。

そんなことがたくさんあったなって思います。今も。

それは幼い頃の私の、意識や理解が低かったのかもしれません。

今はひたすら、弾いてはクリアしてゆくのみ。えへ。


最近ね。

なにかを発することで、自分の意図とは違う解釈で誰かがどこかで傷ついたり嫌な記憶を呼び覚ましていたらつらいかな、という思いでいっぱいになってしまうことがあります。

 そんなつもりじゃなかったし。

 っていうかそもそもそれ知らなかったし。

 べつにそんなふうに考えたことないしさー。

 そんなん考えてたらなんにもできなくなっちゃうじゃん。

自分でも、誰かの発するものに対して、いやなパターンでの受け取り方をしてしまうことがよくある私は、じゃあそれはどうやったらクリアできるかを思います。

何周もしてしまうことかもしれないけど、まずそのひとがそれを発したもともとの気持ちに添ってみるのは、大事なことなんじゃないかなって思って。

時間はかかるし、ひどくくたびれることもある、でもなるべくいやなふうに思わないようにして。相手が発したものや、それによって瞬時に壊れてしまう言葉、景色。同じことをしているであろう自分。その切り返し。くりかえし。


私は、言葉が無力だとはあまり思っていないほうなので、自分の思いや願いはなるべく出していられるようでいたい。

黙り込んでおいて「(察して)」と無言でたたずんだり希望をせまったりするひとがたくさんそばにいたから。かつて。

一対一や、近しい距離であればまた違う話なんだろうけど、その頃は常に何十人もの人が携わる現場を一度に見渡せる私でなくてはならなかった。そういう仕事だったしかなり気を張っていた。

だから、はっきり「ごめん。それ、わかんない」と言ったことがある。仕事にも人間関係にも支障をきたしていたからだ。

すぐにわかってあげられる私じゃなくてごめんね。でも、私も一生懸命生きてるの。本当に望んでいることは、ちゃんとうちだしていかないと誰にも聞こえないよ。すぐ消されちゃうよ。

私だって消されたことあったよ。全然。何回も。抹殺されたよ。慣れっこだけど、やなもんはやだよ。

そんな、たくさんのひとの景色を思い出した雨の日でした。自分含む、ね。


今日はもう寝ます、おやすみなさい。

ネルネルは隣で幸せな夢を見ているかのように、寝返りごろごろ。

最近、夜中に時々、しっぽで私の頭を撫ぜてくれている時があります。私は気づいても寝たふりをしています。えへ。










 
 
 

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