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詩画集『natural tone tour』、フリーペーパーより(2/3)<誰かのための民話>

執筆者の写真: naitou
naitou
4 日前
読了時間: 3分

〜natural tone tour 39「踏切にて」に〜


その美しいアコーディオンが私のもとへやってきたのは、九月も終わりのまだ暑い日でした。

それまでけんめいに練習していた、赤いかわいらしい〈トンボさん(TOMBO)〉とはまた違って「ボタンがいっぱいある・・・・」と、あたりまえの事実にすっと青ざめると同時に、どうしてもこのアコーディオンとともだちになりたい、と強く思ったのでした。

その頃私には、次につくる本に入れたいと思いつつ、うまくまとめきれずに机のひきだしにしまったままの一篇がありました。

それは、下高井戸の踏切での景色を描いた詩作品でした。

この踏切も、高架事業が進むにつれて、そう遠くない未来にはなくなってしまうのでしょう。ずっと何年も、ゆきかう人々をここで見てきました。もしかしたら、今はもういない人とさえも、ここですれ違っているのかもしれません


ある日、あかずの踏切と言われているその踏切での雑踏に、ふと見かけた学生さんのような男の子の後ろ姿に私は思わず「あれっ」とつぶやきました。

ぼうしかぶって、長袖着て、首になんか巻いて、ガチ袋さげて自転車ひいて・・・・あれは**じゃない?いやそんなわけはなくて。だってあの子どう見てもはたち前後じゃないの。私も**も今いくつだと思ってるのよ。いやでも・・・・えー・・・・よく似てんなー。なんてな・・・・。

同時に、当時の自分たちを含む景色が私をいっぺんに襲ってきました。同じ劇団に在籍していたひとにしかわからない無数の記憶。ぐらりとめまいがしました。それでも踏切は開きませんでした。

それまでの私に描けるのは、とりあえずそこまでだったのでした。


話は変わって、十月。

秋の気配もどこやらで、まだまだ暑さの残る日々の中、アコーディオンでいくつか、和音やメロディを弾いてみている時のことでした。

つと、「あれ、これ知ってる。このなつかしい音の組み合わせ…これなんだっけ」と思ったのです。

それは、中学の頃部活でいくどとなく演奏した吹奏楽曲のメインメロディの出だしだったのでした。


『吹奏楽のための民話』(ジム・アンディ・コーディル)。

その曲を、十三歳くらいの私や友人は「次、民話、やろっか」などと親しげに呼んでは演奏していました。その頃の吹奏楽コンクールでは人気の定番曲だったので、実際に演奏したことはなくとも、吹奏楽経験者なら聴き覚えのあるひともいるかもしれません。

最初はミ。ううん、レだ。だってトランペット一音違うから苦労したもの。じゃあ左手は?このへん?コードで言ったら何?どこから入る?正しいリズムと弾きやすいリズムだったらどっち?

うろ覚えのなつかしい曲を、わかる限りの音をたどって、私は弾き始めました。

私の中で全部が「かちり」と組み合わさったのは、その時だったと思います。

その曲の独特なメロディがかもしだす物語性にのせて、自分なりの昔語りのような作品を明日に向いてひとつ、あざやかに作りあげられたらいいとはっきり思ったのでした。

 
 
 

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